2020年1月29日水曜日

核酸配列に基づかない微生物群集の分析方法

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核酸を使わない微生物群集の分析方法

核酸 (DNA や RNA) を利用した微生物の分析方法は、環境サンプル中の微生物を群集として扱う場合には間違いなく最もポピュラーな方法です (Knight et al. 2018 Nature Review Microbiology など)。また、環境サンプルの分析だけでなく微生物の研究におけるあらゆる場面で核酸の分析が必要な技術であることは疑いようがありません。

一方で、微生物群集の分析方法は核酸に基づいたもの以外にも数多くあります。それらは、核酸に基づいた分析ほど頻繁に利用されるわけではありませんが、それぞれ核酸分析では得られない情報を提供してくれます。使用する機会があるかどうかは別として、どのような方法があり、どのような情報を得ることができるかを知っておくことは有益です。

そこで今回のポストでは (1) 顕微鏡観察、(2) リン脂質脂肪酸、(3) キノン、(4) BIOLOG、(5) 分解酵素活性、について紹介したいと思います (単離培養 については超重要ですがここでは触れません)。

1. 顕微鏡観察

顕微鏡観察は最も古典的な微生物の分析方法の一つと言ってもいいかもしれません。核酸分析にない一番の特徴としては 形態情報が得られる ことでしょうか。どのような形をしているのか、どのくらいの大きさなのか、といった情報はその微生物の生態に関する示唆を与えてくれるだけでなく、その微生物が保持する炭素や窒素など元素の量の推定も可能にします (微生物が保持する元素の量は地球上の炭素循環や窒素循環を考える上で非常に重要です)。

顕微鏡には非常に多くの種類があり、自分自身も素人に近いですが、微生物の分野で使用されているいくつかの顕微鏡関連の手法を紹介します。

DAPI による (微生物種を区別しない) 核酸染色と細胞数カウント

DAPI という色素で微生物細胞中の核酸 (主に DNA) を青く染めて蛍光顕微鏡下で細胞数を数えたりします。簡便な方法で、煩雑な操作を必要とせず細胞中の DNA を染色できます。ただし、微生物種の区別はできません。また、微生物以外のDNA も光ります。

FISH (Fluorescent in situ hybridization) (Amann et al. 1990 Journal of Bacteriology) により微生物種を染め分けて細胞数カウント

FISH では微生物の 16S rRNA と相補的なプローブ (短い DNA 配列) を用意します。このプローブには蛍光色素がくっついており、染めたい微生物種 (分類群) の 16S rRNA に特異的なプローブをデザインすることで特定の微生物のみを染めて観察することができます (核酸を利用しているとも言えますが、配列を解読しているわけではありません)。

FISH には様々な改良法があります。例えば、手順は増えますが Horshradish peroxidase という酵素を利用して、蛍光を増幅することで観察を容易にする CARD-FISH という方法もあります (Schönhuber et al. 1998 Applied and Environmental Microbiology; Pernthelar et al. 2002 Applied and Environmental Microbiology) (めんどくさくて発狂しそうになる、という意見も)。

自分は CARD-FISH を土壌サンプルに対して適用してみました (Ushio et al. 2013b Soil Biology & Biochemistry)。下の写真はスウェーデンのツンドラ土壌のサンプルを CARD-FISH 法で染色したものです。青色に光っているのが DAPI により染色された細菌で、黄緑色に光っているのが古細菌特異的なプローブで染めた古細菌です (2重染色しています)。微生物周辺にあるもやもやしたものは土壌有機物の集合体と思われます。

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電子顕微鏡

電子顕微鏡ももちろん使用されていますが、こちらは自分はほとんど使用経験がありません。

2. リン脂質脂肪酸 (PLFA)

リン脂質脂肪酸 (Phospholipid Fatty Acid; PLFA) は微生物の細胞膜に含まれる成分です。下記は Wikipedia の 「リン脂質」 のページに掲載されている図です。

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リン酸とグリセリンの左側に脂肪酸 (オレイン酸とかパルミチン酸) が結合しています。面白いことに、この脂肪酸部分は微生物の分類群ごとに “ある程度” その種類が決まっています。従って、脂肪酸の種類をガスクロマトグラフィーで分析することでサンプル中の微生物群集の組成を推定することが可能です。この手法は Ushio et al. (2008, 2010a, 2010b, 2013a, 2013c) などでお世話になりました。

脂肪酸の記載方法

脂肪酸、およびその構造の記載方法は生態学ではあまり頻繁に登場するものではありません。脂肪酸の構造の記載方法について少しだけ解説しておきます。脂肪酸は上に示したように長い炭素鎖が基本にあり、それに加えて二重結合があったり、炭素鎖に分岐があったりします。例えば、以下のパルミトレイン酸という脂肪酸は炭素数が 16 で途中に二重結合が一つある構造をしています (Wikipedia より引用しています)。

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この場合、16:1ω7 などと記載されます。“16” が炭素数を示し、":1" は二重結合が 1 つあることを示します。“ω7” の部分は炭素鎖の末端 (-OH がない方) から数えて 7 番目に二重結合があることを示しています。また、炭素数を表す “16” の前に “a”, “i”, “cy” などのアルファベットが付くことがありますが、これは “antiiso-”, “iso-”, “cyclo” などの立体構造に関する情報を表します。

分類群特異的脂肪酸

以下、Ushio et al. (2013c) Plant and Soil で使用した代表的なバイオマーカーを示しておきます。

  • 真菌: 18:2ω6,9
  • グラム陽性菌: i14:0, i15:0, a15:0, i16:0, i17:0, a17:0
  • グラム陰性菌: 16:1ω7, cy17:0, cy19:0

また、自分は指標として使用しませんでしたが、微生物のストレス状態によっても脂肪酸の組成が変わるらしいです。つまり、脂肪酸の組成は細胞膜の流動性に関わるようで、例えば脂肪酸に二重結合が増えると (ω がついた脂肪酸が増えると)、細胞膜の流動性が上がりストレス環境下 (例えば、低温状態) においてより適応的になると考えられます (不勉強で少し自信がありません…)。

利点と不利点

PLFA を用いた微生物群集の組成分析は 核酸に基づいた分析に比べて以下のような利点・不利点があります。

  • 利点
    分析結果が定量的。例えば、PLFA は量として XX µmol/g soil などとして得られるため、異なるサンプルを比較して、どちらのほうが真菌が多い、少ない、といった議論が可能です (真菌:細菌比の算出も一度の分析でできます)。
    核酸のように煩雑な事後解析が不要。核酸の配列解析にはいわゆるバイオインフォマティクスのような知識が多少なりとも必要ですが、PLFA の解析ではそこまで煩雑な前処理は必要ありません。 ガスクロマトグラフィーのピークの位置とピークの面積から脂肪酸の種類と量を推定します。
    – 細胞膜成分は、微生物が死ぬと比較的迅速に分解されると考えており、PLFA の分析結果は生きている微生物の量を反映していると考えられています。この点、時に死んだ微生物の DNA の存在が問題となる核酸に基づいた分析とは対照的です (例えば、Carini et al. 2016 Nature Microbiology)。
    – 同位体トレーサーなどと組み合わせることで物質の動態を追える。例えば、適当な基質を同位体トレーサーでラベリングすることで、その基質がどのような分類群の微生物に取り込まれたか調べることができます (これは核酸分析でも可能な場合がありますが)。

  • 不利点
    分類群の解像度が低い。種レベル・属レベルといった解析は不可能です。DNA に基づいた分析と比べると決定的な不利点、という感じがします。
    – 化学的な分析が必要で有機溶媒をたくさん使用するため、試薬のハンドリングや廃棄に気をつける必要があります。
    – 使っている人が核酸分析に比べると少ない。従って、関連情報も得にくいです。PLFA を使った研究を発表すると 「なぜ DNA を使わないの?」 と聞かれたりします。

3. キノン

キノンは呼吸鎖における電子伝達物質ですが、PLFA と同じように、微生物分類群ごとにその化学種が大まかに決まっています。ユビキノン・メナキノンなどの種類があるようですが、自分には使用経験がなく文献などもあまり読み込んでいないため、ここでは解説は控えることにします。定量性があることや分類群の解像度がそこまで高くないことなど、PLFA と似たような特徴を持っているようです。

知り合いが使用して湖の微生物の研究をしていました。例えば、Takasu et al. (2013) Limnology などをご覧ください。

4. 分解酵素活性

PLFA やキノン、また DNA も環境中の微生物群集の組成に関する情報を提供します。微生物群集の組成は、「その環境中にどのような微生物が生育しているか」 という情報を提供してくれますが、環境中での物質の流れを考えたい場合などはその 機能 の評価も重要になります。核酸に基づいた方法であれば、環境中の微生物群集の機能遺伝子や RNA 発現パターンを調べることで微生物群集の機能に関する情報が得られます。しかし、核酸に基づいた方法だけでは、実際に微生物群集が物質を代謝しているのか どうかは分かりません。そういった場合に、分解酵素活性の分析や次で紹介する BIOLOG が有効になってきます。

分解酵素活性の分析では、何らかの発色物質と結合した基質を利用します。代表的なものは次の二つです。

p-ニトロフェノール 結合基質

p-ニトロフェノールはニトロ基を有する単純なフェノール化合物です。p-ニトロフェノールに結合したリン酸 (p-ニトロフェニルリン酸) などが試薬会社から市販されており、このような化合物を分析に用います。例えば、p-ニトロフェニルリン酸の溶液に微生物を含む土壌抽出液を少量添加すると、p-ニトロフェニルリン酸が代謝された場合は p-ニトロフェノールとリン酸が分離し、(pH 調整後に) 溶液が黄色く発色します。この発色を吸光度計で測定することで分解酵素活性を測定します。p-ニトロフェニルリン酸を分解する酵素はリン酸分解酵素などと呼ばれます。p-ニトロフェノールが結合する基質を選ぶことでいろいろな分解酵素活性の測定が可能です。この手法は Ushio et al. (2010a, 2010b, 2013c) などでお世話になりました。

Methylumbelliferone (MUB) 結合基質

測定原理はほぼ p-ニトロフェノール結合基質と同じです。MUB と結合した基質が微生物群集の分解酵素で分解されると MUB が遊離し、その量を測定することで分解酵素活性を測定します。ただし、MUB は蛍光物質であり、測定には吸光度計ではなく、蛍光プレートリーダーが必要です。p-ニトロフェノールと同じく、MUB に結合している基質を選ぶことで様々な分解酵素活性を測定することができます。Ushio et al. (2013) PLoS ONE で使用しました。

p-ニトロフェノール結合基質の方が試薬も必要な実験機器も安価ですが、大量のサンプルを処理する場合には 96ウェルマイクロプレートを利用しやすい MUB 結合基質の方が向いているように思います。

5. BIOLOG

BIOLOG は分解酵素活性分析と同様に、微生物群集の基質代謝能力を測ることの出来る手法です (Garland & Mills 1991 など)。実験に使用するマイクロプレートは BIOLOG 社が販売していて、“BIOLOG” というワードは会社の名前でも有り、手法の名前でもあり、商品の名前でもある、という感じです (多分)。

BIOLOG プレートにはいろいろな種類があります (EcoPlate など)。96ウェルマイクロプレートに様々な化合物が微生物の代謝基質として予め入れられており、そこに生きた微生物を含むサンプル (単離株でもいいし、水や土壌などの環境サンプルでもよい) を適当に希釈して投入して使用します。サンプル中の微生物 (群集) にウェル内の基質の代謝能力があれば、ウェル内の基質が代謝され、紫色に発色します。プレートリーダーでその強度を読み取ることで、微生物 (群集) の基質代謝能力を評価できます (Miki et al. 2018 Ecological Research などをご覧ください)。

(自分も使用したことはあるのですが、論文になるデータが取れませんでした…)

終わりに

冒頭に述べたように微生物生態学では核酸に基づいた分析が主流であることは間違いありません。その一方で、核酸分析に加えてここで解説したような手法を追加することで研究対象となる微生物群集をより深く分析することができます。それぞれの手法は核酸分析では得られない情報を多かれ少なかれ提供してくれます。様々な角度から微生物群集を分析することで、その群集組成・機能・生態系での役割を明らかにすることができるはずです。

参考文献

  • Amann R, Krumholz L, Stahl DA. (1990) Fluorescent-oligonucleotide probing of whole cells for determinative, phylogenetic, and environmental studies in microbiology. Journal of Bacteriology 172: 762-770
  • Carini P, Marsden PJ, Leff JW, Morgan EE, Strickland MS, Fierer N (2016) Relic DNA is abundant in soil and obscures estimates of soil microbial diversity. Nature Microbiology 2: 16242
  • Garland JL, Mills AL. (1991) Classification and characterization of heterotrophic microbial communities on the basis of patterns of community-level sole-carbon-source utilization. Applied and Environmental Microbiology 57: 2351-2359
  • Knight R, et al. (2018) Best practice for analysing microbiomes. Nature Review Microbiology 16: 410-422
  • Miki T, Yokokawa T, Ke P-J, Hsieh I-F, Hsieh C-h, Kume T, Yoneya K, Matsui K (2018) Statistical recipe for quantifying microbial functional diversity from EcoPlate metabolic profiling, Ecological Research 33: 249-260
  • Pernthaler A, Pernthaler J, Amann R. (2002) Fluorescence in situ hybridization and catalyzed reporter deposition for the identification of marine Bacteria. Applied and Environmental Microbiology 68: 3094-3101
  • Schönhuber W, Fuchs B, Juretschko S, Amann R. (1997) Improved sensitivity of whole-cell hybridization by the combination of horseradish peroxidase-labeled oligonucleotides and tyramide signal amplification. Applied and Environmental Microbiology 63: 3268-3273
  • Takasu H, Kunihiro T, Nakano S (2013) Estimation of carbon biomass and community structure of planktonic bacteria in Lake Biwa using respiratory quinone analysis. Limnology 14: 274-256
  • Ushio M, Wagai R, Balser TC, Kitayama K. (2008) Variations in the soil microbial community composition of a tropical montane forest ecosystem: Does tree species matter? Soil Biology & Biochemistry 40: 2699-2702
  • Ushio M, Kitayama K, Balser TC. (2010a) Tree species-mediated spatial patchiness of the composition of microbial community and physicochemical properties in the topsoils of a tropical montane forest.Soil Biology & Biochemistry 42: 1588-1595
  • Ushio M, Kitayama K, Balser TC. (2010b) Tree species effects on soil enzyme activities through effects on soil physicochemical and microbial properties in a tropical montane forest on Mt. Kinabalu, Borneo. Pedobiologia 53: 227-233
  • Ushio M, Miki T, Balser TC. (2013a) A coexisting fungal-bacterial community stabilizes soil decomposition activity in a microcosm experiment. PLoS ONE 8: e80320
  • Ushio M, Makoto K, Klaminder J, Nakano S-I. (2013b) CARD-FISH analysis of prokaryotic community composition and abundance along small-scale vegetation gradients in a dry arctic tundra ecosystem. Soil Biology & Biochemistry 64: 147-154
  • Ushio M, Balser TC, Kitayama K. (2013c) Effects of condensed tannins in conifer leaves on the composition and activity of soil microbial community in a tropical montane forest. Plant and Soil 365: 157-170

Written with StackEdit.

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