以下の論文が Ecological Research から出版されました。
Ushio (2020) Idea paper: Predicting culturability of microbes from population dynamics under field conditions. Ecological Research (early view) https://doi.org/10.1111/1440-1703.12104
(bioRxiv の preprint https://doi.org/10.1101/795401 も内容は上記とほぼ同じです)
この論文、ちょっと特殊なフォーマットをしていて、“Promoting idea sharing via Idea Paper” という特集の中の一本です。この “Idea Paper” が企画されることになった背景を解説しつつ、論文の内容もちょっと紹介します。
Idea Paper とは ?
目的
“Idea Paper” では 「データは共有」 という流れができつつあるのに、「アイデア」 が共有されないのはなぜか? という疑問を元に、データは (あまり) ないがアイデアが面白そう・重要そう というものを通常の論文よりも短い文量で、アイデアのみを、しかしきちんとした基準で審査して査読付き論文として出版します。こうすることで、アイデアの提唱者にきちんとクレジットを与えつつ、生態学コミュニティに面白そう・重要そうなアイデアを広め、生態学を発展させることを目的としています。
首謀者 (?)
Idea paper の首謀者 (?) は龍谷大学の三木さんたちです。三木さんの HP に Idea Paper の特集号が企画されることになった経緯が説明されています (https://sites.google.com/view/ideapaper3/home?authuser=0)。
歴史
ざっとまとめると以下のとおりです。
- 2018 年 3 月 17 日: 日本生態学会でアイデアペーパーの自由集会が企画される。タイトルは “「データは共有」 という流れができつつあるのに、「アイデア」 が共有されないのはなぜか?―アイデアの共有促進を目指して” (これには参加しました)
- 2018 年 10 月 7 日: 近畿大学でアイデアペーパーの実現に向けた 2 回目の集会が開かれる。タイトルは “Idea Paper の実現に向けて 2” (これには参加できませんでした)
- 2019 年 3 月 15 日: 再び日本生態学会でアイデアペーパーの自由集会が開かれます。タイトルは “Idea Paper の実現に向けて 3”。ここには参加し、上記の論文の元となるアイデアを紹介しました。
3 回の集会 (と多分自分が知らないであろう企画者の方々の議論) を経て、Ecological Research の特集号として出版されることが決まり、2019 年 10 月頃に原稿の受付が始まりました。
自分が発表したアイデア
冒頭で紹介した自分の論文では 「微生物の野外での個体群動態を解析することでその微生物の培養可能性に関する示唆を得ることができるのではないか ?」 というアイデアを提唱しました。
ものすごく単純な状況を考えると、例えば野外において高い温度条件で個体数を増やし、低い温度条件で個体数が減る微生物がいたとします。その場合、この微生物を培養しようとするならば、多くの人がまず高い温度条件での培養を試すでしょう。これはすなわち、(無意識のうちに) 野外での個体群動態に隠れている微生物の生態特性を抽出し、それを培養に応用していると言えるでしょう。この 「野外での個体群動態に埋め込まれている微生物の生態特性の抽出」 を時系列解析を用いて行うことで、直感に頼るよりも多くの有用な情報を取り出せるのではないかと考えました。
上で書いたように Idea Paper は 「データはないがアイデアが面白いものを載せる」 と書きました。なので、上記のアイデアを提唱する上で特にデータや解析結果を提示する必要はありませんでした。しかし、たとえ preliminary でも具体的なデータと解析結果があったほうがアイデアも伝わりやすいだろうと考えました。都合の良いことに、自分は (未発表ですが) たくさんの微生物の時系列データを持っていたので、その一部を使用して上記のアイデアのデモンストレーションを行いました。
実際にやったこととしては、以前このブログで解説した Empirical Dynamic Modeling という時系列解析の手法を手持ちの微生物の時系列データに適用して、微生物動態の複雑性 (Complexity) と状況依存性 (State dependency) を定量化しました。ものすごくざっくり言ってしまうと 「複雑性」 は 「その微生物の動態が潜在的にどのくらいの数の因子の影響を受けて制御されていそうか」 ということを示しており、「状況依存性」 は 「ちょっとした状況の変化でその微生物の動態を制御しているルールがどのくらい変わりそうか」 ということを示しています。自分の Idea Paper では 「複雑性や状況依存性が高ければ、そのような微生物はそもそも培養が難しく、一方で複雑性や状況依存性が低いのであれば、そのような微生物はたとえ今培養されていないとしても、実は多少の条件検討で培養可能なのかもしれない」 ということを述べました。
デモンストレーションとして合計 398 種の微生物の動態を解析したところ、その多くが低い複雑性や状況依存性を示しました。これを自分のアイデアに基づいてそのまま解釈すると、「解析対象とした微生物の多くは比較的単純な条件で培養可能かもしれない」 となります。しかし、使用したデータの特性からおそらくそこまでは言えません。今回のアイデアをしっかりとしたものにするためにはよりクオリティの高い時系列データや種特性のデータが必要になってきます。アイデアをきちんと検証するためにはどのようなデータが必要かについても論文内で触れていますので、興味がある方はご覧ください。
このアイデア論文、正式発表の前に bioRxiv の preprint として発表したのですが、微生物学者と思しき方々からも SNS 上で mention していただいて嬉しかったです。
感想
比較的短い文章の中で自分のアイデアを述べる、というような論文は書いたことがありませんでしたが、実際に書いてみると随分楽しかったです。アイデアだからといって何でもかんでも述べてよいわけではなくきちんとしたルールが事前に決まっていたのも良かったと思います。
今回は Ecological Research 内の一特集で終わるようですが、人気が出て (= たくさん読まれてたくさん引用されて) Ecological Research の Regular Section となればいいなと思いました。
Written with StackEdit.